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「玉川上水・内藤新宿分水の実現に向けて」シンポジウムが開催

2008年01月22日 16:34 by times カテゴリタグ: 公共 トピックス

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基調講演.jpg1月17日(木)午後3時から、新宿御苑インフォメーションセンターで、シンポジウム「玉川上水・内藤新宿分水の実現に向けて」が開催された。

玉川上水は江戸の飲料水供給のため、多摩川の羽村堰から四谷大木戸に及ぶかつてあった約43kmの上水路。

 

新宿区は、玉川上水のあった場所の近くの新宿御苑散策路に「偲ぶ流れ」を造ることを考え、平成17年度から「玉川上水の復活」をテーマに環境省や国土交通省及び東京都、地元の住民と水路復活のイメージや実現に向けて議論と検討を重ねてきた。

シンポジウムに先立ち、中山弘子新宿区長が「玉川上水の復活は、江戸の水道事業を支えた四谷の「まちの記憶」を共有できる事業であるとともに、新宿御苑の散策路に水辺ができる緑とマッチした素晴らしい環境創造。これまで難問山積であったが、一つ一つ課題が解決し基本計画が作成されたことを冒頭で報告。

 

 

 

ついで、プロジェクトの中心メンバーの一人である東京大学の石川幹子教授による基本計画作成までの経緯や玉川上水の意義、デザインコンセプトなどについて基調講演が行われた。

 

新宿御苑付近の玉川上水だった部分は、今は散策路に隣接する区道地下にあり、掘り起こしての再現は費用や周辺ビルへの影響などから難しいため、散策路に幅約1Mの水路を新たに作って「分水」とし、名前を「内藤新宿分水」とすること、設置する水路は全長約540Mである計画であることなどが紹介された。

 

さらに、散策路下にある御苑トンネルの湧出地下水を水源として乾いた地表面に潤いを取り戻すことにより、地域の水循環回復と都市環境の改善を期待できるほか、都心で水辺がなくなってきている現在、150年ぶりに創られる「玉川上水の34番目の分水」としての歴史的価値や、ヒートアイランド現象の緩和、潤いとやすらぎの空間の提供など、多くの効果を期待していることが説明された。

 

▼写真(クリックで拡大)

  (左)現在の新宿御苑散策路             (中)水路イメージ              (右)基調講演の様子

新宿御苑散策路

水路のイメージ.jpg基調講演.jpg

 

新宿区は2011年度までに、計約6億4000万円をかけて水路を整備する方針。

 

また、現時点での水路の維持管理の仕組みとしては、

(1)設置施設の維持管理は基本的に新宿区が実施、(2)緊急時対応は御苑と協力、(3)清掃管理等は住民との協働も期待、と説明がされた。

 

 

基調講演のあとは、計画作成にかかわったメンバー(河本晃利(環境省新宿御苑管理事務所長)、崎田裕子(NPO法人新宿環境活動ネット代表理事)、首藤恭輔(内藤町まちづくり推進協議会会長)、上野和彦(新宿区花園小学校長)、中山弘子(新宿区長)が出席(コーデイネーターは石川教授)によるパネルディスカッションが行われ、それぞれの立場から内藤新宿分水への思いを語った。

 

▼写真(クリックで拡大)

(左)昨年11月花園小学校5年生     (中)歌川広重が名所として描いた        (右)パネルディスカッションの様子

    が行ったワークショップ              内藤新宿の玉川上水

花園小学校1.jpg江戸時代の風景.jpgパネルディスカッション

 

 

会場には町会関係者など100名を越す聴講者が集まり、熱心に耳を傾けていた。

平日昼間の開催ということもあってか、40代以下の参加者が少なく、質疑応答の際に会場からは、そのことについてを問う場面もあった。

 

 

~玉川上水~

1654年に完成した東京都の西部、羽村市から始まり、東に向かって新宿・四谷まで至る上水路。現在は羽村取水堰から小平監視所までの間(約12km)が上水路として利用されている。

江戸の人口が増えたため、神田上水だけでは水不足になり、水利に通じているという多摩川沿岸の住人庄右衛門・清右衛門の二兄弟に工事費7500両を与え工事にあたらせた。工事は1653年に始まり、翌年1654年には江戸の町に水を届けられるようになり、羽村から四谷大木戸までの長さ43km、高低差はわずか100mの工事期間はわずか8ヶ月。

現在の測量器具というようなものもない時代に、起伏に富んだ立川面、武蔵野面といった台地を通して、この精度を出すのは並大抵のことではなかったと考えられる。その数年後から、各所に用水路が造られたため、多摩地区が開発され農産物の増産が可能になったといわれている。





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